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クロノグラフの長~い歴史

クロノグラフの長~い歴史

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おやっ!秒針はどこ行った?

「クロノグラフ」というとどんなイメージをお持ちでしょうか?
「クロノグラフ」といえば、なんといってもストップウオッチ機能を思い浮かべる方が多いかと思います。現在のクロノグラフの典型的な文字板はおおむね図のようになります。

典型的なクロノグラフの例

普通の時計では秒針の位置にあるクロノグラフ針は、細かく刻まれた目盛りの可読性を上げるため、細く、長くデザインされています。
いつもの秒針の位置にある、一番目立ってよく見える針が止まったままなのは、初めて見るとあれっと首をひねりたくなりますね。
普段12時の位置で静止したままなのは、必要なときにいつでも計測が始められるようにするためなのです。
ですから、秒針との共用はまずされません。

 

それでは秒針はどこにあるかというと、読み取り間違いを避けるため小さい文字板に繰り入れられています。

目立つクロノグラフ針が普段は止まっている理由

ストップウオッチ機能はぜんまいを食い、またスペースを取るので自動巻機構との両立が困難だったこともあって、計測していないときに動かすことはありません(自動巻クロノグラフが世界で初めて実用化されたのは20世紀後半、1969年のことで、アポロとともに月に行った時計もまだ手巻式だったのです)。
同じくぜんまいを食うという理由で、ストップウオッチの計測は一定の時間で止まるようになっています。
動力の消費を抑えるために、計測を始めたあと一定の時間がたつと、計測終了まで針を動かさないようになっているものもあります。

 

時計には、時を刻み続けて現在の時刻を指し示す機能と、出来事から出来事までの時間を計り取る機能があります。
クロノグラフは後者の、細かい時間を計り取る機能を重視して作られた時計といえるでしょう。

 

これから、人はどのようにして時間を細かく測れるようになっていったのかを見ながらクロノグラフの歴史を追ってみたいと思います。

時計に秒針がついた!が、しかし…

時間には、「世紀」、「年」、「月」、「日」、「時」、「分」、「秒」などの区別があります。
これらの区別は生活の必要上から生まれたもので、実際、人は古代からいろいろなやり方で時間を区分してきています。

 

11世紀頃にはイスラーム世界で、13世紀にはヨーロッパで、今と同じように時、分、秒、そしてそれより小さい時間の単位を区切る学者も出てきました。
しかし、考えかたとしてそれらを区分することができたとしても、それらを実際にきちんと測れるようになったのは、実はそれほど昔のことではなかったのです。

 

水で動く時計も含めれば、脱進機(だっしんき、正確な時を刻むための一定のリズムを生むための装置)を持つ機械式時計の歴史は8世紀の中国までさかのぼれるようです。
とは言え、驚くことに、それから16世紀に至るまで、ほとんどの時計は時ごとに鐘を鳴らすものか時針一本だけのもので、詳細な分や秒を時計で知ることは難しかったのです。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
(フィレンツェ)西側壁面の24時間文字盤

パオロ・ウッチェロ、1443年製作。
15世紀、ルネッサンスに至っても時計は針が一本なのが普通でした。

16世紀の後半になると、オスマン帝国(現在のトルコを中心とした帝国で、最盛期には、ヨーロッパ、アフリカ、中東などを領土にしていました)のタキ・アルジンが5秒刻みの表示を持つ時計を製作し、同じ頃にヨーロッパでも秒針を持つ時計が作られました。

 

1581年には天文学者ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe、デンマーク)が天文台の時計を改修して、分針と秒針を加えています。(ティコ・ブラーエは肉眼による天体観測行い、膨大な記録を残しました。弟子のヨハネス・ケプラー(Johannes Kepler、ドイツ)は、その残された記録からケプラーの法則を導き出しました。)
しかし、針が設けられたとは言え、秒はおろか分もしっかりした精度で計れないというのが当時の実情でした。

 

精度の向上には17世紀のクリスチャン・ホイヘンス( Christiaan Huygens、オランダ)を待たなければなりません。

ちょっとよりみち

「秒」はなぜ「second」?

英語の「second」には「二番目の」という意味と「秒」という意味があります。
これは秒がもともと「second minute (二番目の小部分)」と呼ばれていたことに由来します。
「分」は「prime minute (最初の小部分)」で、1時間を60分割したもの(つまり「分」)を意味し、さらにそれをもう一度60分割したのが「second minute」(二度目の60分割、つまり「秒」)で、それぞれ「prime」と「minute」が省略された結果、「minute」と「second」となったわけです。

振り子時計とひげぜんまい

オランダのクリスチャン・ホイヘンスが、振り子時計を発明したのは1656年のことです。
ホイヘンスは、ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei、イタリア)が発見した振り子の等時性を利用した定速機構を用いることによって、機械式時計の精度を飛躍的に向上させました。
その結果、時を分に、そして分を秒に、初めてしっかりした精度で分割できるようになったのです。

クリスチャン・ホイヘンス
(Christiaan Huygens)

17世紀オランダの科学者。
ひげぜんまいを使用した時計の発明だけでなく、物理学、数学、天文学などで偉大な業績を残しました。

秒については、1670年にウィリアム・クレメント(William Clement、イギリス)が1秒に1回振れる秒振り子をホイヘンス式の振り子時計に使ったことで、さらなる精度の向上に大きく貢献しました。

 

ホイヘンスはまた、1674年には、テンプに「ひげぜんまい」のついた携帯時計を製作します。
テンプは、振り子時計の振り子にあたる定速機構ですが、ひげぜんまいがつく以前は自由に回転していたため、時計の駆動力の強弱によって働きが大きく左右されていました。
たとえば、ぜんまいがしっかり巻かれているうちはきちんと動いていた時計が、ぜんまいがゆるんで力が弱くなるとまったく働かなくなるということがあったのです。
ホイヘンスは、テンプにひげぜんまいをつけることによって、テンプを一定の範囲内で確実に行き戻りさせ、ぜんまいの駆動力の強弱から受ける影響を激減させることに成功したのです。

 

この発明により、それまでは誤差が一日に数時間も出ていたところが、わずか一日10分にもなったといいます。
ホイヘンスは携帯時計を実用的なものにする道をも拓いたのです。

ちょっとよりみち

振り子の等時性

1年周期の太陽の動きや、28日周期の月の満ち欠け、など天体の運動は、一定のリズムを持っています。
天体の動きをつかさどる自然法則に備わった固有の性質に基づくものだと言えるでしょう。
これと同様に、時計が正確な時を刻むためには、一定のリズムを刻む性質を時計の内部に取り込まなくてはなりませんでした。

 

古代から、色々なもののリズムが一定のものとみなされ、時計の代わりをはたしてきました。
日時計、水時計、砂時計がそうですし、ろうそく、線香なども時計代わりになりました。
17世紀、ガリレオは、ついに時計の内部で一定のリズムを刻むものを見いだしました。
それが、振り子です。揺れている振り子がもとの位置にもどってくるまでの時間は、揺れの大きさに関係なく一定であることがわかったのです。

 

これを「振り子の等時性」と言います。この発見によって、時計の精度は飛躍的に改善されていったのです。
機械式時計の内部では、形こそ違いますが、今でも振り子が動いているのです。

クロノメーターの時代

ホイヘンスの発明によってはずみがつき、どんどん高性能な時計が追求されていくのが18世紀です。

 

精度の点でこの追求を後押ししたのは、航海用クロノメーターの需要でした。
ときは大航海時代。陸地が見えるとは限らない外洋航海では、自船の位置を知るためには天測に頼るしかありません。
緯度は短時間の天体の位置測定から算出できるのですが、天測のみでの経度算出は観測に長い時間を要するので、実際上海上では不可能でした。
広い海で自分の位置を見失い、遭難する船が後を絶ちませんでした。

 

相次ぐ海難事故に悩む英国議会が設立した、経度測定法を研究する委員会は、秒単位の精度が確保できる時計があれば、基準地からの時差を利用して経度が測定できることを明らかにしました。
しかし、当時の時計では、揺れる海上でもそれだけの精度を出せるものはありませんでした。

 

1714年、英国議会は「経度法」を制定して、必要な精度を得られる時計を作ったものに懸賞金を与えることにしました。
懸賞金を獲得したジョン・ハリソン(John Harrison、イギリス)をはじめ、多くの時計師がこれに挑戦し、結果として精度に関する時計の技術はどんどん向上していきました。

クロノメーター

(CC) Rémi Kaupp/Musée de la Marine

その一方、懐中時計ではブレゲ(Abraham-Louis Breguet、スイス)に代表される伝説の時計師たちが、自動巻やミニッツリピーターなどの機構の開発や脱進機の改良に腕を振るい、次々と高度な機構が小さなスペースの中に組み込まれるようになっていきます。
こうして、19世紀になり、航海用クロノメーターの安定した量産にもめどがつき、ブレゲがその天才性を存分に発揮した生涯を終えようとするころ、一人の王様の趣味から、最初のクロノグラフが出現することになります。

ちょっとよりみち

「クロノグラフ」と「クロノメーター」

同じ「クロノ」が含まれるためか、よく混同される言葉に「クロノメーター」があります。
「クロノメーター」はもともと18世紀に、海洋上での精密な経度の測定を可能にするため開発された高精度の時計を指す言葉でした。最初は艦船に搭載可能な置き時計でしたので、ストップウオッチの機能とは本来無縁なものです。
ところで、「クロノ」とは何を意味する言葉なのでしょうか?

 

二つに共通する「クロノ」は、「時間」を意味する「χρονοσ (クロノス)」に由来し、「メーター」が「計測」を意味する「μετρον (メトロン)」から来るのに対して、「グラフ」は「筆記、描写」を意味する「γραπη (グラフェ)」から来ています。これらは、みな古代ギリシャ語です。「測る」クロノメーターに対して「記す」クロノグラフ。
できるかぎり精密に時を刻み続けるために生まれた時計「クロノメーター」と、できるかぎり正確に時を測り取り記録するために生まれた時計「クロノグラフ」、それぞれの性格の違いをよく表した名前といえるかもしれません。

ルイ18世と最初のクロノグラフ

ルイ18世といえば、断頭台の露と消えたルイ16世の弟で、ナポレオン没落の後にフランスに帰還した王様ですが、このルイ18世は競馬を見るのが大のお好みでした。
レースのスタートからゴールまでかかった時間を正確に知りたがった王様のために、時計師ニコラ・リューセック(Nicolas Mathieu Rieussec、フランス)が雇われて、1821年、最初の商用クロノグラフが作られたのです。

リューセックのペン付きクロノグラフ

文字板が回転するしくみで、上部のアームの先にペンがついています。
(CC) Fondation de la Haute Horlogerie ⁄ Dominique Cohas

これは、2013年、ルイ・モネ(Louis Moinet、フランス)が1816年に製作した1/60秒まで計測できる天文時計が発見されるまで、ながらく世界初のクロノグラフと考えられていました。
上の「ちょっとよりみち」で、「グラフ」は「筆記」を意味すると書きましたが、初期のクロノグラフは、まさに時を記すものでした。
針に取りつけたペンが文字盤に線を引いていき、その線の長さが経過時間を表すという仕組みになっていたのです。
スタートとともに、ペンを紙に落とすと、ペンが円を描いていきます。その円の円周の長さから経過時間を読み取ったのです。

 

その後、ヨーゼフ・タデウス・ヴィンネル(Joseph Thaddaus Winnerl、オーストリア)によるスプリット・セカンド機構の発明(1831年)や、アドルフ・ニコル(Adolphe Nicole、スイス)による針のリセット機構の発明(1844年)などによって、だんだん現代的なクロノグラフへの道が整っていき、1862年ついに、リセット機能を持つ、現代的なクロノグラフの姿をした懐中時計が登場しました。

ちょっとよりみち

ストップウオッチ

正確な時間経過を測るためには、正確な時計が必要です。
17世紀末から18世紀初頭にかけて、秒針を止めるレバーのついた携帯時計を作ったサミュエル・ワトソン(Samuel Watson、イギリス)や、1/16秒単位の計測が可能なストップウオッチを考案したジョージ・グラハム(George Graham、イギリス)といった先駆者はいたものの、ストップウオッチの大きな発展が、機械式時計がある程度発達するまでお預けだったのはそのためかもしれません。

 

時間経過を知ることは、正確な時刻を知ることと同じくらい重要なことです。
特に、科学者にとって精密な観測や実験を行うためには、正確な時間経過の記録を残すことは大前提です。
ホイヘンスのような大科学者が時計製作に関わったのもそういう事情によるものなのかもしれません。

クロノグラフの発達

19世紀も末になると、ロンジンやホイヤー(現タグ・ホイヤー)などいくつものメーカーがクロノグラフの懐中時計を製品化し始めます。

 

19世紀の前半は、鉄道の発達によって、分単位で時間を考えることが初めて日常に浸透していった時代でした。
19世紀の終わりから20世紀の初めにかけては、秒単位やさらに小さな単位での計時を必要とする分野がいくつも生まれ出た時期でした。
ガソリン式自動車の発明、動力を備えた飛行機の発明、近代オリンピックの開催、高度化する砲術。
速度を計ったり、燃料や航続距離などの航法計算をしたり、正確な記録を残したり、着弾や発砲間隔の正確な統制をしたり、と、正確な計時が求められる場面がどんどん増えていきました。

 

第一次世界大戦での、手を空けたまま時間を見たい、という需要に応じる形で時計の主流が懐中時計から腕時計に移っていくと、それに伴ってクロノグラフの主流も腕時計に移っていきます。
ブライトリングが世界初の腕時計クロノグラフを発表したのが大戦さなかの1915年。
需要の高まりに応える形で生産数も生産技術も向上していきました。

 

そして第二次世界大戦、航空機の発達に合わせて、様々な航法計算を素早く行うための回転式のベゼルと計算用のスケールをもったクロノグラフが登場、このころから1950年代にかけて、機械式クロノグラフは一つのピークに達したといえるでしょう。

クオーツの時代

1970年代からのクォーツ時計の急速な普及と電子技術やコンピューター技術の急速な発展により、「高精度な計時とアナログ計算器としての機能を提供する機械式時計」という意味でのクロノグラフの役割は終わったと言っても良いでしょう。

 

しかしながら、それらの技術は、それ以前には考えられなかったいろいろな計測機能を腕時計に載せることを可能にしましたし、また一方で1980年代末からの機械式時計の復権とともに、古典的な意味でのクロノグラフも新たに続々と作られ続けています。

 

人が、時をはかるということに興味を持ち続ける限り、クロノグラフもまた、いろいろなスタイルで作られ続けていくでしょう。

 

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