クロノグラフとは
時計の世界では、「クロノグラフ」は、「ストップウオッチ機能を備えた高精度の懐中時計または腕時計」を意味します。
一方、「ストップウオッチ」は、「陸上競技などで使われる所要時間を計るための専用の機器」のことを言います。
上の説明からもわかるように、日本語では、「クロノグラフ」の説明にストップウオッチという言葉が使われることがあるのに対して、「ストップウオッチ」の説明にクロノグラフという言葉が使われることはまずありません。
その理由として、次の2つが考えられます。
一つは、日本では「ストップウオッチ」のほうが一般的でよく使われているため、その意味が広く知れ渡っているからです。
もう一つは、「ストップウオッチ」はある時間の長さを計測する機能の名前であり、その一方で「クロノグラフ」は時間を計測する装置に対する名前と考えられるからです。
日本語の「クロノグラフ」の元になった言葉「chronograph」という英単語の意味を辞書で調べてみると、おおむね、「時間を非常に高い精度で計り、記録するための機器」というようなことが書いてあります。
また、上と同じように、ストップウオッチを引き合いに出して、「ストップウオッチのように短い、正確に分割された時間間隔を計り、記録するための装置一般」としている辞書もあります。
英語の辞書的な意味では、「stopwatch」は「chronograph」の一種であるということはできるでしょう。
しかし、そもそも「stopwatch」という、針が止まることに注目した呼びかたがない言語も多く、たとえばドイツ語には「Stoppuhr」という直接対応する単語があるのに対し、ロシア語やポーランド語などスラブ系言語では「秒を計るもの」という言葉を使います。
また、フランス語やイタリア語などのラテン系言語では、「chronograph」と「chronometer」にあたる単語がどちらも英語や日本語でストップウオッチと呼ばれる機械を含みますが、「stopwatch」に直接対応する単語はないのです。
「ストップウオッチ」という言葉がおおむね「所要時間計測専用の機器または機能」を指すのにとどまるのに対して、「クロノグラフ」や諸言語のそれと同じ語源を持つ言葉が「ストップウオッチ機能を備えた高精度の懐中時計または腕時計」をも指すようになったのは、19世紀の末、世界で初めてこのタイプの時計を広く売り出したのが、ロンジンというフランス語圏スイスのメーカーだったことが多少なりとも影響しているかもしれません。
長らくクロノグラフの元祖と考えられてきた、ニコラ・リューセックの競馬の記録用時計(1821年)と、2013年に発見されて新たな元祖となった、ルイ・モネの1/60秒まで計測できる天文時計(1816年)を見ると、現在のクロノグラフは、できるだけ正確に時を刻み続けたい、という古代からの願いと、できるだけ細かく時を計り取りたい、という比較的モダンな願いの二つが合わさってできたもののように思えます。
ルイ・モネの天文時計
2013年に発見された、およそ200年前の天体観測用の携帯時計。
現在のストップウオッチの祖と言えるでしょう。
(CC) Louis Moinet
時を刻み続けること、時を計り取ること、これら二つの時計の本質的な機能を高い精度で兼ね備えた「クロノグラフ」という種類の時計は、時間をめぐる人の営みが生んだ最も美しい結晶の一つです。
時を正確に計ろうという数千年にわたる人の試みがその背後には潜んでいます。