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針ズレについて

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腕時計の針が、12時ちょうどを指すのは、とても気持ちがよいものです。
でも、少しでもズレていたりすると、時計の時刻が遅れたり進んでいたりしていなくても、なんだか気になりますね。
こうした「針ズレ」は、「バックラッシュ」と呼ばれる、ある工夫の結果生じてしまいます。

 

この「バックラッシュ」、実は腕時計にとって非常に大事な役割を担っていて、欠かすことができないのです。
そのため、どんなに精密な腕時計でも、程度の差こそあれ「針ズレ」は起こってしまうもののようなのです。
ここでは、ちょっと悩ましいそんな「針ズレ」と「針ズレの原因」のお話をします。

針ズレとは何か

アナログ腕時計の大きなたのしみの一つは、秒針の動きを眺めることです。
文字板に刻まれた目盛りを次々と指して、たゆむことなく回っていく秒針は、精密な機械の動きというものを一番身近に味わわせてくれます。
そんな、精密さの象徴のような時計の秒針ですけれども、時により、場合によっては、目盛りと微妙にズレたところを指したり、ぴたりと止まらずほんの少しぶれた動きをすることがあります。
「針ズレ」と呼ばれる現象です。

針ズレの例

秒針の停止位置が、わずかに右側に寄っています。

針ズレの原因

原因は「バックラッシュ」

時計の動力を針に伝えているのは、いくつも連なった歯車です。
この歯車という機構になくてはならない要素こそが、針ズレの原因となっているのです。

 

その要素とは、歯車と歯車の「隙間」です。
通常、針を動かしている歯車の、歯と歯がかみ合う部分にわずかな隙間が設けられています。
この意図的に設けられている隙間のことを「バックラッシュ」といいます。
このバックラッシュこそが、針の運びに微妙なズレを生み出してしまう原因なのです。

バックラッシュ

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イラストは簡略化されています。

バックラッシュがないと・・・

そんなズレの元になる隙間などできればなくしてしまいたいものです。
けれども、バックラッシュをなくしてしまうといろいろ不都合なことが起こってしまうのです。
常に一定の速度で駆動力をなめらかに伝えるために、歯車の歯形は、回転の中心から一定の距離にある点で接触するように設計されています。
とはいっても、実際の歯車は、設計上の理想的な形の図形ではありません。
ですから、もし、バックラッシュがなかったら、二つのかみ合った歯車の歯と歯は、それぞれの歯の両側でぴったりくっついてしまいます。

バックラッシュがない場合の例

2ヵ所でくっついてしまうことにより、滑らかに回転できません。

ところで、歯車の歯と歯が接すると、そこにはわずかですが摩擦力が働きます。
歯車を回転させるためには、この摩擦力に打ち勝たなくてはなりません。
もし、歯の両側で摩擦力が働くようになると、回転を伝えるためには、歯の片側の摩擦だけを考えたときよりも大きな力が必要になってしまいます。

 

歯車に余分な力がかかることによって、回転はぎくしゃくしたものになりますし、どうかするとまったく動くに動かないということも起こります。
適度なバックラッシュがあることによって、歯車はなめらかに回るのです。

 

バックラッシュは、歯車をなめらかに動かすためにやむを得ず設けられたという感じですが、実は、とても重要な積極的な役割もあるのです。
次に、ほかの役割を見ていきましょう。

バックラッシュの役割(1) 標準化

バックラッシュは、まず、部品の製造誤差を吸収します。
寸分違わぬものをいくつも作るというのは実はとても難しいことです。
つい200年ほど前までは、機械装置は、職人さんがやすりなど手に部品を微調整しながら組み上げて、完成するのが普通のことでした。
同じ図面から作ったといっても、あちらの部品をこちらにもってきて、とはいかないのが当たり前だったのです。

 

それが、ほかの製品(主に銃や大砲などです)から持ってきた部品を修理に使いたい、という、部品の互換性への需要がきっかけになって、各種機械部品の標準化が図られるようになりました。
さらに工作機械の発達によって仕上がりの精度は劇的に向上しましたが、それでもある程度の寸法のばらつきが生じるのは避けられません。

 

現在でも、あらゆる工業製品は、ある程度の誤差を見込んで、その上でうまく機能するように設計されます。
それでも運悪く各部品の誤差が積み重なると、きちんと組み上がるはずが組み上がらない、ということも起こります。
そういった事態を緩和する一助としてバックラッシュは働きます。

バックラッシュの役割(2) 熱膨張

バックラッシュは、部品の形状の微妙な変化や部品の位置の微妙なズレも吸収します。
特に熱膨張に対するマージンとしては重要です。
10mmの鉄製の歯車であれば、10℃温度が上がれば長さで1µm(0.001mm)ほどは延びますので、部品同士がぴったりくっつきあっていたら、それだけでも動きが止まりかねません。

バックラッシュの役割(3) ゆがみ

バックラッシュが吸収する部品の変形は、温度変化によるものだけではありません。
駆動力が加われば、部品はどうしてもわずかながら変形したりひずんだりします。
そういった変化も、それぞれの部品を隙間なくぴったりと作りすぎていると、動きが鈍り、あるいは止まってしまう原因になるかもしれません。

 

さらに、重力や腕の動きなどによる部品のわずかなゆがみやズレも無視はできません(針ズレの度合いが、針の位置や時計の見方によって違うことがあるのは、針の位置や時計の姿勢によって、歯車などの部品一つ一つに加わる重力の方向がちがってくるのも一因です)。

 

バックラッシュによってできる部品の隙間は、部品のわずかな変形による動作の阻害を防ぐ役割を果たしていると言えるでしょう。

バックラッシュの役割(4) 破損

バックラッシュはまた、衝撃に対して、時計の機構を守る役割も担っています。]
歯車の歯と歯の間に隙間がないと、たとえば時計を落とすなどして、急激な外力が歯車の回転と逆方向にかかったときに、歯や軸の破損にまで至る場合もありえます。
バックラッシュはこうした場面で、歯車が壊れないように無理に加わった力を逃がす役割を持っていて、不意の事故から時計の機構を守る助けにもなっているのです。

針ズレは精密さと信頼性のせめぎ合いの中に

バックラッシュは歯車に様々な面で不可欠な要素です。
なくすことはできません。
加工精度や組み立て精度を上げていったり、部品の材質を工夫したりすることで、バックラッシュを小さくしていくことは不可能ではありません。
その結果、秒針の針ズレを人の目で判別できないほどにすることも可能でしょう。

 

しかし、精密さを追求するにつれて、その機構が温度、重力、衝撃などの外部から受ける影響は大きくなっていき、取り扱いが難しいものになっていきます。
腕時計は、常にいろいろな環境で身につけてつかわれるものですから、精密であるがゆえに実用に耐えないということは許されません。

 

精密なだけの機械は、美しい夢です。
機械とは、ある目的を遂行するために作られる道具であり、道具である以上実用に耐える信頼性が必要なのです。
バックラッシュは、言わば腕時計という精密機械に信頼性をもたらすためのひとつの現実的な解決策なのだと言っても良いかもしれません。

 

一瞬の秒針の揺らぎの中に、より精密な動きの追求とより高い信頼性の保証とのせめぎ合いが隠されているのです。