「エコ・ドライブ」に必要な光の透過率を確保しながら、煌びやかな箔を土佐和紙の上に舞い散らせ、同じ表情が1つもない唯一無二の文字板を作る匠がいます。400年以上の歴史を持つ会津塗の産地で知られる、福島県会津若松市。シチズンと長く共創を続けている「坂本乙造(おとぞう)商店」の三代目・坂本朝夫さんにお話をお伺いしました。
ムービーを見る
ええ。社名の通り、初代の坂本乙造が1900年に創業した会社で、創業当時の仕事というのは漆の精製業。漆の原液を職人さんたちが使える状態にすることが仕事でした。私が継いだ1972年以降は、漆の需要が非常に減ってきたこともあり、漆を伝統の中でひっそりと生き続ける素材にとどめていてはダメだと考えまして。私がモノづくりが好きということもあり、職人さんたちがあまりやらないような漆を使った製造をやってみたい、現代の素晴らしい製品に漆で付加価値を付けていきたい、そう考えて始めたのが現在の工業製品の漆塗りなんです。
腕時計やカメラ、それからアンプやスピーカーなどのオーディオ製品……何を作ってきたかなって忘れるくらい多くの工業製品に漆を施してきました。釣り竿もやりましたし、航空機のファーストクラスの座席や自動車の内装パネル。最近では、加熱式タバコのケースにも漆を塗りました。「坂本これくしょん」という自社ブランドでは漆塗りのアクセサリーや蒔絵のバッグなども制作しています。
シチズンさんとは1991年からずっとお付き合いをさせていただいているんですけど、何か高級な時計をやろうというのがキッカケで。印象に残っているのは、和装の女性向けの懐中時計ですね。K18の金無垢で、文字板に純度を変えた金箔を市松模様に配したのですが、非常に高価格にもかかわらず、すごく売れたのでよく覚えてますね。
これは私どもがお手伝いして和紙にプラチナ箔を蒔いた、The CITIZENの25周年記念モデル(※メーカー在庫完売品)ですね。愛用しているのですが、やっぱり自分が買いたいモノを作ると売れるんですよね。要望通りのモノを作っても、「自分では買わないかな」っていうのは、結局売れないんですよ。「自分が欲しい」「お金を出して買ってもいい」そういうモノを作りたいと思って、日々モノづくりをしていますね。その積み重ねがあって、30年以上もシチズンさんとお付き合いをさせていただいているんじゃないかなと思っています。
まず今回は漆を使うわけではないですが、これまで漆を塗った上に箔で装飾する製品をいくつも作ってきてますから、「箔の扱いに慣れている」という経緯で依頼がありました。
「砂子蒔き」というのは、和紙に箔を降らせて模様を出す手法なんですよ。パラパラと細かくちぎった金箔、銀箔を雪のように降らせて、そしてたなびく霞のようにしてみたりね。今回、黒和紙の文字板を金箔で装飾するという話を聞いた時、まずイメージしたのが金山で採れる「金鉱石」だったんですね。モノを作るときは1つイメージを持つことが大切で、金が所々ポチポチとバラけて入っている金鉱石のように仕上げれば、ものすごく奥行き感、深みが出て綺麗なんじゃないかと思ったんですね。
金鉱石のような、金がまぶして付いている程度のパラパラ感というのは、筆で1つ1つ置いていく必要があるんですね。けれど筆で箔を抑え過ぎると、和紙の中に埋もれてしまうんで、黒い和紙に金箔というのはそこが難しいところですね。シチズンさんはモノづくりとして非常にしっかりとした品質管理のもとに、製品をお作りになるんです。ただ、文字板の平面感だけは、如何ともし難いんですよ。私どもは平らな文字板をいかに立体に見せるかという、そこが自分の役割だと思っているんです。
箔というのは通常平らなまま、ペタっと貼るんですよ。いかに平らに貼るかというのが腕なんです。けれど、私どもは箔を全部クシャクシャにします。クシャクシャにするとシワが出てとても綺麗なんですよね。箔を贅沢に使うことになりますから、こんなやり方をするところは他ではないと思います。
何が高級かと言うと、私はムラだと思っています。けれど、今の工業製品というのは、クオリティコントロールと称して、「ムラ」や「無駄」を省くじゃないですか。だから面白みに欠ける。私どもはいかにムラを付けて、なおかつ品質管理をクリアするかという勝負をしていて、それが面白いんですね。だから箔のムラを使っているわけです。
当然、和紙に糊を引いて箔を付けるわけですけども、糊の引き方はすごく難しいんです。文字板の中心に糊を引いて金箔が付いてしまうと、非常に煩雑に見えるというか。針と重なったところが汚く見えるんで、中心にはあまり箔を置かないようにしています。時字(インデックス)の周辺部も同様ですね。糊の引き方も全部ベタベタに塗っているわけじゃなくて、本当に丁寧に糊を引いていることを感じていただけたと思います。
光の透過率というのは光をエネルギー源にする「エコ・ドライブ」にとって生命線ですから、とても大事なことなんですね。もちろんすべての箔を和紙文字板に蒔いたら光が透過しませんので、全部は蒔けません。今回の黒和紙は、もともと光の透過が良くないのに加えて、ああやってパラパラと蒔いたら余計に光が通らない。なので、「エコ・ドライブ」として機能する発電量を確保できるように、透過率を文字板1つ1つ計るわけです。最初の試作の際、かなりの量の文字板を無駄にしながら、感覚を掴んでいきましたね。
プラチナ箔は白い和紙の上に配置するので、コントラストがあまり強くないですよね。銀色と白では。ですから、光の透過率さえ確保できるのならば、たくさん蒔いたほうが綺麗なんですよ。「わー、贅沢だな」って感じがしますから。それで「綿雪」のようにたくさん降らせて蒔いているんですね。けれど、黒和紙を「綿雪」のようにしたら、コントラストが強いですから、うるさくて発電量が確保できない。だから黒和紙の「金鉱石」の考え方とは全く違うんですよね。
当然、時字などが無い状態の和紙文字板は見ているわけですが、時計の中に組み込まれることで、「金鉱石」というイメージが周りの装飾によってずいぶん生かされたなと感じました。それから、ケース上面の(サファイア)ガラスが球面なので、狙った以上に和紙文字板が立体的に見えたのはすごく良かったですね。
伝統産業というと、どうしてもその素材だけで考えてしまうんですよね。そうじゃなくてハイブリッドで使えばいいんですよ。たとえば今回の和紙と金箔。金沢で作った金箔と、土佐で作った和紙、そして会津塗で駆使される蒔絵の箔を施す技法が融合していて、これが良いんですよ。この産地で、この材料を使って、この釜で焼いたっていう、昔からの1つのものじゃなくて、日本には良いモノや良い技法がいっぱいあるんですから、それを融合させて使うっていう。これが私どものキモですね。
日本独特の伝統の素材、漆はもちろん今回だと和紙や箔もそうですし、竹なんて素材もあるでしょう。伝統の素材と技法を生かして、コストパフォーマンスだけでは満たされない「いつまでも使っていたいな」という価値を生み出していきたいと思っているんですね。「愛着寿命」って呼んでいるんですけれど。まさにここに思いの一致がありますよね。私どもの技に、シチズンさんが元来持つ非常に高い時間の精度や長い品質保証などが折り重なって、相乗効果でお客さまの満足度を引き出せるんじゃないかなと私は思います。
この時計は、「身に着ける伝統」と思ってほしいんです。メイド・イン・ジャパンで、なかなか伝統を身に着けている方、いらっしゃらないでしょうね。まさに身に着ける伝統、それが先ほど申し上げた愛着寿命につながるんです。ぜひそれを感じていただきたいですね。
文字板に用いる和紙を漉く手、
素材・原料を吟味する手、
デザインをおこす手、時計を組み立てる手……
人生に永く寄り添う腕時計であるために。
次なる理想に挑みつづける「The CITIZEN」は、
モノづくりへの情熱を秘め、
卓越したクラフトマンシップが息づく
数多くの手のリレーによって生み出され、
その末に身に着ける方のその手に届けられています。
Hand to Hand Story では、
多岐にわたる時計づくりの工程で、
欠かすことのできないさまざまな
熟練の「手」に毎回スポットライトを当て、
そこに秘められた技術や想いを紹介していきます。
ザ・シチズン 取扱い店舗
最新の取扱状況・取扱モデル・入荷、
在庫状況につきましては、
お手数ですが各取扱店にお問い合わせ願います。