アルピニズム発祥の地の､危機｡

その昔、モンブラン山地の麓にあるシャモニー渓谷には農民たちが暮らしていた。彼らは、農作業がない時、ガイドとしてヨーロッパ中から訪れる観光客を近くの山に案内していた。1786年に西ヨーロッパ最高峰のモンブラン山が初登頂されると、シャモニーは19世紀の旅行者にとって定番の観光スポットとなった。1908年にはシャモニーの上にあるメール・ド・グラース氷河までケーブルカーが開通。そして1924年にはシャモニーで第1回冬季オリンピックが開催された。

｢シャモニーは、間違いなく、アルピニズムそしてスキーアルピニズムの発祥の地です｣と、アドベンチャー会社シャモニー・エクスペリエンスの代表であるセバスチャンは言う。｢ちょっと見上げれば山があるのですから、いつでも行ける。数時間歩くだけで山の麓にたどり着く。これまで200年もの間、ここに暮らす人々は世界でもなかなか見られない自然を間近で楽しんできたのです｣

その楽しみが今、脅威にさらされている。セバスチャンは13年に渡り山岳ガイド会社を経営しているが、不安定な天候のために仕事が難しくなる一方だと言う。｢常に計画の変更を迫られます。夏に計画があったとしても、地球温暖化のせいで予定が変更になったり。昨冬は3ヵ月間まったく雪が降らず、超乾燥状態が続きました。そうかと思えば、1mもの積雪があった翌日から2日間も雨が降り続くこともありました｣

気候変動の影響は、氷河に最も顕著に現れている。現在42歳のセバスチャンが若い頃に山岳ガイドのトレーニングを受けていたボソン氷河の麓は、シャモニーの町にまで続いていた。今では、ボソン氷河は町から遠のき、山側に400～500mも後退してしまっている。

セバスチャンは、自らの仕事の根底にある矛盾を自覚している。地球の裏側からシャモニーに飛行機で訪れる顧客のガイドを務めること自体が、山に害を及ぼしている温暖化の一因でもある二酸化炭素排出に関わってしまうからだ。｢正直に言えば、私たち自身も問題なのです。何をすべきなのかを自問することが、すべての山岳ガイドにとって次の課題なのだと思います｣と彼は言う。

セバスチャンは2つの解決策を考えている。まず、ガイドはメッセンジャーとして、地球温暖化の影響に関する深い知識を世界中から訪れる顧客に共有し、彼らが自然を楽しむだけでなく守るものだと考えるように働きかけること。2つめに、ガイドはより地元での仕事に専念すべきだということ。｢私たちは今、顧客と一緒に旅をする最後の時代を生きています。もうすぐ、私たちは地元にとどまることになるでしょう。みんながいろいろな場所を訪れていた昔よりも、ローカルでのガイド活動が増えると思います｣

物事をシンプルに、そして地元に根ざしたものにすることは、結局のところ飛行機で来て飛行機で帰るというアプローチよりも、より豊かで充実した体験につながるのかもしれない。｢大切なことは、山を知る人々やガイドとつながり、山小屋の世話をしている番人と話をすることです。社会やSNSで話題になっていることよりも、もっと深い何かに目を向けて、そして行動してみてください｣とセバスチャンは言う。

シャモニーが直面するさまざまな難題にもかかわらず、セバスチャンは明るい表情で力強くこう語る。｢地球温暖化は避けられないものかもしれません。私はそれでも、人類は変化を起こせるはずだと信じています。一人ひとりが環境問題に目を向け、気づき、自然を守るために行動することを心から願っています｣