Talk about Biomimicry

バイオミミクリー×腕時計。
生物学者・福岡伸一さんが考える
サステナビリティ

福岡伸一

生物学者であり、青山学院大学総合文化政策学部教授の福岡伸一さん。85万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)など、“生命とは何か“を動的平衡論から問い直した著作で広く知られる。今回、ブランド誕生から10周年を迎えたシチズン エルのシグネチャーライン「アンビリュナ」の新作ラインナップを監修。同ラインナップにバイオミミクリーの手法を取り入れることが実現した。

前田花菜

腕時計デザイナーとしてシチズン時計に入社。クロスシーやライセンスブランドを担当し、商品企画へ異動。クロスシーの企画をへて出産後、シチズン エルの担当に。2016年のサステナブルブランドへのリターゲティング立ち上げメンバーの1人。

2012年に生まれた「CITIZEN L(シチズン エル)」は、美しいデザインに拘りながら、地球環境や人に配慮したものづくりを行うサステナブルウオッチブランド。光をエネルギーに変えるエコ・ドライブの搭載に加え、材料調達から生産、廃棄・リサイクルに至る時計の一生涯に排出される温室効果ガス排出量の公開、さらに環境、安全、労働基準に最大限考慮をして作られたエシカルな「ラボグロウン・ダイヤモンド」の使用など、様々な取り組みを行ってきた。

そしてブランド誕生から10周年を迎えた2022年7月、「Sync with Nature(わたしたちは自然とひとつである)」というメッセージとともに、「地・水・火・風」をテーマにデザインした10周年記念限定モデルを含む4モデルを発売した。

本モデルの最大の特徴は、生物の仕組みや自然の美しさに学ぶ「バイオミミクリー」の手法が取り入れられていること。『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)など、多数の著書で知られる生物学者であり、青山学院大学総合文化政策学部教授の福岡伸一さんが監修を担当した。

「人間は自然の一部」というメッセージを伝える時計とは、どのようなものか。新モデルの開発ストーリーを、福岡さんとシチズン エルの商品企画担当者 前田花菜さんが明かす。

自然に学び、模倣する。
腕時計にバイオミミクリーを取り入れた理由

「地球上の生命は全てが平等であり、人間はその頂点にいるわけでも、中心にいるわけでもありません。持続可能な社会を作るために、『人間は多様な生物の中の一部』というメッセージを改めて伝えたいと思いました」(前田さん)

シチズン エル担当者の前田さんは、10周年のキーメッセージ「Sync with Nature」に込めた想いをそう語る。新モデルの開発に取り掛かったのは2020年2月。日本でコロナ禍が本格化し始める直前のタイミングだった。

前田さんたちは「コロナ禍によって人々の生活は仕事とプライベートがシームレスになり、より快適なものが求められるようになる」と予想。つけ心地がよく、シーンを選ばずに装着できる腕時計を作るため、それを実現する手法として「バイオミミクリー」を選択した。

バイオミミクリーとは、自然を模倣することによって、高いデザインや機能性を実現する手法のこと。ヨーグルトの蓋に内容物がくっつかないように蓮の葉の仕組みが使われていたり、新幹線が早く走れるようにカワセミの形状が取り入れられていたりするのも、バイオミミクリーの一種だ。

まさに「Sync with Nature」のメッセージを伝えるのに最適な方法だと判断した前田さんたちは、有識者の力を借りるべく、生物学者の福岡さんに監修を依頼した。

福岡さんは、「バイオミミクリーを使って時計作りがしたい」という相談を受けた当時の心境を、次のように振り返る。

「時間とは人間が創り出した概念。その時間を知るための道具である時計を、自然のデザインを取り入れ再創造しようというプロジェクトは、非常に面白いと感じました。

そもそも人間は、この世界に現れてたかだか20万年です。しかし地球上の生命体には38億年の歴史がある。彼らの体は進化の歴史を通じて、機能的にもデザイン的にも非常に研ぎ澄まされたものになっています。

自然界に比べると浅知恵しか持たない人間が、自然のデザインやメカニズムに学ぶという動きは近年のトレンドでもあったので、微力ながらお手伝いできることがあれば光栄だと思いました」(福岡さん)

自然界のデザインの
“過剰さ”が、
人間に伝えるメッセージ

シチズン エル アンビリュナ。(左から)EM1005-42L 39,600円、EM1007-47E 53,900円、EM1003-48X 39,600円、EM1006-40A 35,200円(すべて税込価格/一部にエコペット素材を使用したニットバンド仕様。別途ステンレスメッシュの替えバンド付き)。また、「火=陽」からインスピレーションを得た10周年記念限定モデル(EM1007-47E)には、福祉実験ユニット ヘラルボニーとのコラボレーションによる、オリジナルのスカーフがセットになるという。

では、今回のモデルにバイオミミクリーはどのように取り入れられているのだろうか。

まず見てもらいたいのは文字板だ。光の当たり方や角度によって見え方が大きく変わる。その深みのある美しさの中には、ある種の生命感さえ感じられる。

「昼見た時、夜見た時、シーンによって色が変わるこの時計は、まさに自然そのものです。私たち人間が自然と一つであることを実感してもらえるデザインになったのではないかと思います」(前田さん)

この文字板に使われているのが、「構造色インク」という新技術。光の強さ、角度や色で構造色の発色が変化し、それにより自然界に存在するような光の揺らぎを実現することができた。

「色には絵の具のような色素で出す色と、構造によって色を出す『構造色』の二種類があり、今回の時計には後者の仕組みが採用されています。自然界における構造色は、例えば南米に生息するモルフォ蝶の羽に見られます。彼らは羽に青い色素を含んでいるわけではなく、表面の微細な構造によって青く見せているのです」(福岡さん)

前田さんたちは、当初の予定では機能面に関してのみバイオミミクリーを応用する予定だった。しかし福岡さんから自然界のデザインについて学ぶうちに、デザイン面でもバイオミミクリーの要素を取り入れることを決めた。

「自然界におけるデザインとは何か。それは、自然が他の生物に対して発信するメッセージです。面白いのは、自然界におけるデザインは往々にして“過剰”であるということ。実はモルフォ蝶にとって、羽はこんなに鮮やかである必要はないのです。ところが人間は、青さを認識して美しいと感じることができる。その心の動きは、レイチェル・カーソンの言う『センス・オブ・ワンダー』(驚き、感動する心)であり、人間の好奇心の原点です。

自然界の美しさを帯びた時計を身につければ、人間はそのデザインを通じて『センス・オブ・ワンダー』を思い出し、自分たちもまた自然の中の一部であるということを感じられるのではないでしょうか」(福岡さん)

自然界の“過剰”なデザインにこそメッセージ性が宿るという事実は、前田さんたちにとって大きな発見だった。その“過剰さ”を日常使いができる時計のデザインに落とし込むべく試行錯誤を重ねた結果、見る人の心に訴えかける輝きを時計の中に作り出すことに成功したのだ。

南米に生息するモルフォ蝶。色素ではなく、光を屈折する表面の構造(=構造色)により羽を青く光らせている。

また、つけ心地の良さを向上させるために、いくつかのバイオミミクリーを応用している。例えばストラップには、海綿動物をモデルにした多孔構造のニットバンドを使用した。メッシュ構造のため通気性がよく、丈夫でありながら伸縮性もあり、いつまでもつけていたくなる心地よさがある。

出来上がった時計を手に取った福岡さんの表情は、喜びそのものだ。

「最初にご相談を受けたときには、バイオミミクリーがこのような形で具現化されるとは思っていませんでした。デザインと使い心地の良さを、見事に両立している。シチズン時計さんは素晴らしい解答を出されたと思います」(福岡さん)

アンビュリナ EM1007-47E( 10周年記念限定モデル)。4ポイントのラボグロウン・ダイヤモンドと10時位置にCITIZEN L 10周年を記念するゴールドのカットパーツをあしらい、格別な仕上がりとなっている。

今回の新モデル開発を通じて、前田さんは福岡さんから多くのことを教わったという。

「先生にはサステナビリティという概念に対する向き合い方を教えていただきました。私たちは数年先の未来だけではなく、100年、1000年先の未来を考える必要があります。もっとビッグピクチャーを描き、その上で地球環境について考えることが大切なのだと気付かされました」(前田さん)

本当の意味で持続可能な未来を作るためには、現代に生きる誰もが、「人間は自然の一部である」という事実を決して忘れてはならない。

まるで自然の一部のようにゆらゆらと表情を変えるその時計は、私たちの時間に寄り添いながら、「Sync with Nature」というメッセージを優しく語りかけている。

シチズン エル アンビリュナ (左から)EM1005-42L 39,600円/EM1007-47E 53,900円/EM1003-48X 39,600円/EM1006-40A 35,200円(すべて税込価格/一部にエコペット素材を使用したニットバンド仕様。別途ステンレスメッシュの替えバンド付き)

取材・文/一本麻衣、撮影/小禄慎一郎

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