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自粛期間中の時間の過ごし方について教えてください。

子どもの頃から本がすごく好きで、自分の根っこを作ってきたのは読書体験だったんです。読書は没入する時間が必要で、最近はなかなか一人で本に向き合う時間もなかったんですが、この数カ月間、時間に余裕ができたことで、より本と向き合う時間が長くとれるようになりました。なんだか初心に返った感じがします。

例えば子どもの頃に読んだ『十五少年漂流記』。その元になった『二年間の休暇』という本をあらためて読んだのですが、子どもの頃と読後感が全く異なりました。冒険譚にわくわくする以前に、「この子たちは相当過酷なサバイバルをしているな」と、実体験を積んだ今だからこそわかるリアルな部分をまず思い浮かべてしまいました。

1冊の優れた本を読むことは1つの旅をするのと同じようなものです。本の中に入りこんで、想像力で旅をする。たとえ外に出られなくても、本を通じていくつもの旅を体験できたと思っています。今後につながる新しいテーマも、本からいろいろ見つけることができました。

ニューノーマルな生活の中で新しく気づいたことはありますか?

時間の使い方には、非常に余裕が持てるようになりました。

最近は身近な場所の風景を写真に撮ったりもしています。家の近所や家の中から見える風景なんて、これまで気にしたことはなかったのですが、あらためてじっくり眺めてみるとおもしろい発見がある。今日も自宅の机で仕事をしていてふと窓の外を見たとき、思いっきり大きな入道雲が広がっていて、自分の家からこんな景色が見えるんだな、と驚きました。

また忙しくて手を付けられていなかったアウトプットを少しずつはじめて、今は写真絵本などをつくっています。旅に出られない環境の中で、じっくりとたくさんの絵本を読む機会にも恵まれて、自分の本づくりの姿勢も少しずつ変わってきました。そもそも子どもにとって、良質な物語を読み、その世界に入りこむことは、教育うんぬん以前に、新しい世界への旅そのものであり、旅を体験しているのと同じなんだ、と思えるようになりました。

例えば、絵本だったら、読み聞かせだとしても、子どもはその世界に丸ごと入っていって、身体は伴わないけれども、頭の中で新しい体験をしている。そう考えると、自分が絵本をつくるときの考え方も少しだけ変化します。

そういう小さな気づきも、今年の成果だと思っています。

海外渡航が制限されている今の状況でも
できる「冒険」はあるのでしょうか?

優れた冒険家は“未知”を探し当てる嗅覚を持っています。近年、地球上に未知の空白はほとんどなくなって、予備知識やサポートもなしに、たとえば北極点を目指したり、エベレストの頂上を目指したりするような、昔ながらの冒険・探検は現代では成立しません。

でも、最新の装備を持たず、身ひとつで山に入ってみたりすると、そこに未知の風景が立ち上がってくる。自ら制限や負荷を加えることで、新たに見えてくるものが実はたくさんあるわけですね。日常のどこにでも未知の風景は転がっていて、それをすっと見つけられる人が、現代における冒険家・探検家なのではないでしょうか。

目の前の世界は一つかもしれないけど、そこに生きている人の数だけ異なる視点があって、それぞれの視点の中で世界が異なって見えている。僕が今見ている世界と、3歳の子どもが見ている世界は全然違うでしょう。例えば、ラスコーやアルタミラの洞窟壁画を最初に発見したのは、研究者じゃなくて子どもたちだったりしますよね。それは、おとなが見ている世界と子どもが見ている世界が違うからではないでしょうか。

見慣れた場所に新しい風景を見出すことを冒険と呼ぶなら、僕は今この状況下においても、誰にでも冒険や探検という行為はできうると思っています。

日々ポジティブに過ごすために心がけていることはありますか?

例えば、暑かったらクーラーをつけて涼しくしたり、寒かったら暖房を入れたり、人間は周りの環境を自分に合わせて変えようとします。

だけど僕が今まで旅してきたところは、周りの環境を変えることができません。そうなると自分が環境に合わせて変わっていくしかない。過酷な環境で生きていくために、あるいはそれを楽しむために、日々、順応し続けていくというのが自分のあり方だと思っています。順応すれば、より自由に動けるようになりますからね。

石川直樹さんにとっての"Better Starts Now"とは?

今このような状況下でも、自分の中では何かが中断してしまった、ストップしてしまったというネガティブな意識が全然ありません。自分なりの新しい発見や、今まで気づかなかったテーマに日々、出会えているからです。

例えば自分は最近、渋谷にいるネズミの写真を撮りはじめました。渋谷は十代の頃から通っていた街ですが、自粛期間中に人が少なくなり、ネズミを以前よりも頻繁に見かけるようになった。渋谷でこうした野生が目覚めているのを目の当たりにして、「自分の知らない新しい渋谷に出会っている」という驚きがありました。自宅の窓から見える何気ない風景の変化にさえ、日々発見があります。

繰り返しになりますが、こんな状況でも未知の風景はどこにでもあって、それを見つけられる人が現代における冒険家や探検家になれる。今この状況を受け入れつつ、自分なりに未知の世界と出会うこと。それが僕の中での"Better Starts Now"ですね。

石川直樹さん プロフィール
  • 1977年東京生まれ。写真家/作家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。2020年『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。2016年に水戸芸術館ではじまった大規模な個展『この星の光の地図を写す』が、新潟市美術館、市原湖畔美術館、高知県立美術館、北九州市立美術館、初台オペラシティに巡回。同名の写真集も刊行された。2020年には『アラスカで一番高い山』(福音館書店)、『富士山にのぼる』(アリス館)を出版し、写真絵本の制作にも力を入れている。
石川直樹さん 着用モデル
シチズン プロマスターでは、石川さんが2019年の夏に挑戦したK2(標高8,611m)、ガッシャーブルムII(標高8,035m)への遠征をサポートしました。
プロマスターによる石川さんのサポートは2014年のマカルー遠征以来二度目となり、遠征では『プロマスター エコ・ドライブ アルティクロン』を着用いただきました。